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俺だけが幸せになれ。おれだけが幸せになれ。オレだけが幸せになれ。

…………とりあえず、幸せ奴は帰れ!!
暇つぶし、愚痴り用。
  俺だけが幸せになれ。おれだけが幸せになれ。オレだけが幸せになれ。
俺だけが幸せになれ。おれだけが幸せになれ。オレだけが幸せになれ。
俺だけが幸せになれ。おれだけが幸せになれ。オレだけが幸せになれ。
俺だけが幸せになれ。おれだけが幸せになれ。オレだけが幸せになれ。
俺だけが幸せになれ。おれだけが幸せになれ。オレだけが幸せになれ。
俺だけが幸せになれ。おれだけが幸せになれ。オレだけが幸せになれ。
俺だけが幸せになれ。おれだけが幸せになれ。オレだけが幸せになれ。
俺だけが幸せになれ。おれだけが幸せになれ。オレだけが幸せになれ。
俺だけが幸せになれ。おれだけが幸せになれ。オレだけが幸せになれ。

 自分が何処にいるのかわかりません。
 いや、哲学的な意味合いではなく、ましてや記憶喪失でもなく。
 ただ、普通に……遭難しただけなんです。



「あのぉ……大丈夫……ですか?」

 僕が公園のベンチで、宛もなく途方にくれていると、一人の少女が僕に声を掛けた。
 時刻はよくわからないのだけれど、夜であることは間違いない。公園に立てられた電灯に明かりが点っているのがその証拠だ。
 おかしなものだ、倒れていたりしたなら声を掛けるのもわかるのだけれど、ただベンチに座っているだけなのに、声を掛けるなんて。
 僕は少女に目をやる、どうやら目付きが悪かったらしく、その子は怯えたような表情になってしまった。

「ご、ごめんなさい……」

 そう一言呟いて、立ち去ろうとする少女に僕は遅れて声を掛けた。
 今一つ、喉の調子がよろしくないのだ。

「あ、違う。別に邪魔にしたわけじゃないんだ」
「えっ……?」
「こういう場合、どう言えば良いのかわかんないな…えと、心配させてしまったから、謝るのがいいのかな……ん〜」
「あの、怪我とかありませんか?」
「なんで?」
「いえ……その、服が泥だらけですし、顔に擦り傷が……それに」

 おかしな話だけれど、言われて気付いた。
 ホントだ所々痛いな……って、スゴいぞ。結構すごい事になっているな。

「結構痛い。骨は折れてないけれどひびは入ってるみたいだね」
「そ、そんな悠長な!! 救急車呼びますね!!」
「ダメダメ!! ストップ!! スト〜ップ!!」

 ポケットから取り出した携帯電話に手を掛ける少女に待ったを掛ける。
 救急車を呼ばれそうになったことに驚いたけれど、しかし……なんだな、最近の小学生は携帯電話なんて持ってるんだな。
 そして、何よりこの状況下で『悠長』なんて言葉を選択できるなんて……秀才型天然系?

「なぜですか!? もしもの事があったらどうするんですか!!」
「そんな本気で取らなくていいって冗談なんだから」
「へ?」
「ホレホレ、この通り!!」

 腕をブンブンと振り回して見せる。満面の笑顔を忘れずに。
 ……うわぁ、ミシミシ鳴ってる。やばいかも。
 けれど、救急車なんてものに運ばれてしまったらイロイロややこしい問題が発生する。
 とりあえず、時間を稼ごう。時間さえ経てば全ては好転する。

「……そう、ですか。わかりました」
「ああ。まぁ、そのなんだ。心配をお掛けしてすまない」
「いえ、私こそ早とちりで」
「いやいや、その優しさは人間社会には必要だと思うよ。胸を張って良いと思うぞ、お兄さんは」
「は、はひ」

 あまり誉められ慣れていなのだろうか、少女は頬を染めて俯いた。
 僕は少女の頭に手を置いて、優しく撫で付けた。
 手袋越しに少女の温もりが伝わった。

「あの、一つ質問してもいいですか?」
「なんだい?」
「えと、わ、笑わないでくださいね?」
「ん? ああ、わかった笑わない」

 出会ったばかりの赤の他人に聞くような、笑われるような質問……いったいなんだろうか?

「あの…もしかして……貴方は…………サンタクロースですか?」
「――」
「う……ご、ごめんなさい。おバカな質問です!! ただ赤い服を着ていて、今日がクリスマスイブだからって私はバカなことを聞きました!! ダメです!! この年になってもサンタさんを信じてる私がバカなんです!! ああ恥ずかしいごめんなさいごめんなさいぃぃ」

 少女が一人、一気にまくし立てて何度も頭を下げる。確かに赤い服は着ているけれど、あんなにファンシーな格好ではない。
 ど、どうしよう。確かに僕は唖然としてしまったのが良くない気がする。
 謝るべきなのか……そんなことを考えていると、ふ、と魔が刺した。
 アイデアが閃いたのだけれど、道徳的にいかがなものかと思うので、「魔が刺した」という表現が適切だろう。
 しかし、それが楽しそうで……だから、僕はそれを実行してみようと思う。

「――な、なぜわかった!!」

 少女はキョトンとする。

「こうやって目立たないようにしていたのだけれど、やはり天性のカリスマだろうか」
「ほ……本当ですか? いえ、私から質問してなんですけれど……マジで?」
「ああ、ガチで。だがしかし、恥ずかしい話、ソリから落ちてしまったんだ。だからプレゼントも無いしトナカイもいない」
「なるほど、そのような事情が……お若いですもんね……」
「情けない話だ。ベテランになればマッハ5.3で飛ぶのだけれど、僕にはそれが難しいんだ。なのに本番だからって飛ばし過ぎてしまってこのざまさ」
「そ、そんなスピードで!?」
「世界は広いからね」

 嘘八百。自分でもなんでこんなにペラペラと言えるのか不思議に思う。
 少女の瞳は僕の言葉でキラキラと輝き出す。

 ま、こんな嘘なら罰(ばち)はあたらないだろ。

「あ、だったらこんな所でゆっくりしていて良いんですか? お仕事を終わらせないと……」
「でも、ソリが何処かに行っちゃったからな。とりあえず、仲間には連絡したから大丈夫だよ」
「そうなんですか……あの、ごめんなさい」
「へ、なんで?」
「あのその……失敗しちゃって気にしてること聞いちゃったかと思ったから」
「ああ、いや。気にしなくていいよ。それにほら。夜は長いから間に合うさ」

 僕は少女を安心させる為に笑いかける。
 少女は反応に困ったのか苦笑した。そして、一瞬後にハッと何かを思いついた様に眉を上げる。

「そうだ。あ、ちょっと待っててください」
「え? うん」

 少女は振り返り、公園の外へと走っていった。

 数分後、彼女は息を荒げながら缶のココアを手にして戻ってきた。

「はぁはぁ……お待たせしました」
「いやいや、寒いもんな。暖かくするのは大切だ」
「いえ、これは、アハハ、違うんです」

 彼女は手にしていたココアを僕に差し出した。

「メリークリスマスです」
「僕に?」
「はい、いつもプレゼントを配るばかりで、誰かに貰うことがないんじゃないかなって思って……あ、これぐらいしか用意できなくてごめんなさい」
「――」

 幸福感と罪悪感が頭をめぐる。
 ああ、この国にはこんな子もまだいるんだな、という喜び。
 そして、嘘をついている自分に対する苛立ち。

「ありがとう。すごく嬉しい……本当にありがとう」
「い、いえいえ」

 彼女は再び頬を染めて俯いた。
 僕も再び彼女の頭に手を伸ば……そうとした所で、乾いた電子音が鳴った。

「ごめん。時間だそろそろ行かなくちゃ」
「え、はい。わかりました……お仕事頑張ってください!!」

 彼女の心からの声援。
 僕は苦笑を返す事しかできなかった。

「赤鼻のトナカイは貸し出し中で無いけれど、暗い夜道に気をつけて帰るんだよ」
「あ……あの、見届けとか出来ませんか?」
「ごめん、それは規則で許されてないんだ。ごめんね」

 彼女の顔がしょんぼりとしてしまった。けれど、

「なら仕方ないです。サンタさんに会えただけでもものすごくラッキーですもんね」

 ああ、彼女の笑顔が痛い。
 ゴメン、本当はサンタなんかじゃなくて……

「さようならサンタさん!! クリスマス頑張ってくださいね」

 彼女は公園から出て行く時、一度だけ振り返って僕に手を振った。
 僕もその手を振り返す。

 ああ、この国はいい所だな。
 自分の仕事がもう終わったような気がする。

『お迎えにあがりました、マスター』
『エルディフェンダ どれぐらいまで回復した』
『97% 通常航行、及び任務には支障ありません』
『わかった。扉を開けてくれ』
『転送機能も回復しておりますが?』
『歩きたいんだ』

 公園の広場へと僕は歩き始める。
 足から感じる地の感触、刺さるような寒さ、冷たいけれど澄んだ空気。
 ああ、ここは良い所だ。それを深く実感する。

 そこには何も見えないが、巨体が持つ威圧感までは隠せていない。
 虚空が開き、僕はその中へ、小型偵察艇エルディフェンダへと乗り込んだ。

『マスター、残り任務は三件です』
『……人の体に収集装置を埋め込むのは……やっぱり……』
『マスター?』

 クリスマスプレゼントにはならないよな。
 サンタにはなれない僕だけれど、この国に、星に、何かできることがあれば良いと、それから本気で思うようになった。

 地球に住む有機体の皆さん。外宇宙よりメリークリスマス。

the saints go marchin' in park <了>



 目が覚めるのが怖かった。
 だって、目覚めたときはいつも一人きりなんだもの。
 初めの頃は、いつだって誰かがそばにいてくれた。
 でも、今はもう誰も居てくれない。

 希望は残酷。
 私は目が覚める手前、まどろむ意識の中で期待してしまうの。
 あの頃のように、誰かが居てくれないかと。

 あった物がなくなってしまうのは残酷。
 初めからなければ過去を羨ましいなんてすむんだもの。
 期待なんかしないで済んだのに。

 期待を裏切られたなんて、思いたくないのに……この心はそれをさせてくれない。
 私は……私は……醜くなってしまたのかしら。

 誰も嫌い。

 だから、私はずっと……目が覚めなければ良いと思ったの。

 そして、私の最後の日が始まった。
 それを知らせたのは、一人の黒だった。


 目が覚めた、何時の間にか刺された注射針。
 私の腕には無数の注射跡。点滴を腕から飲むのはもう飽きた。

「おはよう、眠り姫」

 声を掛けられた。
 私は驚く。けれど声は出ない。私を生かす為に蠢く無機物がそれを許さない。
 きっと私はこの無機物と同化してしまっているのだと思う。
 私を診察する医師も、私をケアする看護師も私には声を掛けない。
 それはもう私が人ではなく、道具と同じ存在だからなんだろう。

 そう、私に声を掛けるなんて人はこの世には存在しない。

「君は察しがいいな。諦めを受け入れた故に到達した幻想は、人の目では観測してはならないモノを知覚するわけか?」

 何を言っているんだろうこの……この……人?

「興味深い……それはさておき、自己紹介しておこう。君の考えた通り、私はこの世の存在ではないし、そして人ではない」

 はっきりと見ることができない。
 そこに存在している筈なのに焦点を合わせることができない。
 奇妙な存在。ただ黒い。影の塊のような。

「私は君を迎えに来た、死神……とでもいうべき類の存在だ。正しくは悪魔だが」

 死神? 悪魔? なるほど、私が考えていることに回答してくるわけだ。
 私の心を読んでくれる人間なんていない。ならばそれは人以外でしかない。
 それなら納得できる。

「無理に自分に理解させようとしなくても構わない。ただ私は君を迎えに来ただけなのだから」

 迎えに来たと言うのなら、早く私を連れていって欲しい。
 生きているのか死んでいるのかもわからない、私にはっきりとした答えを与えてくれるのなら。

「ああ、わかっている。けれど、今すぐというわけにはいかない」

 それは何故。

「死神というと刈り取るというイメージがあるだろう。その様が収穫に似ているから。それと同じで、私が君を連れて行くにはもう少し時間が必要。実が熟すその時まで待たなければならない」

 実が熟すのはいつ?

「正確の時間はわからない。ただそれは君の鼓動が止まった時だ」

 ああ、生殺し。
 死が直前に迫っているということだけを知らせ、私をただ見るだけなのかこの死神は。

「今日が何の日だか、君は知っているか?」

 もう日付なんてわからない。
 とっくの昔に時間を感じることを忘れてしまった。
 時間を感じられない私に日付なんてわかるわけがない。

 この肌はもう温もりも冷たさもわからないのだから。
 季節もまた、感じることはもうできない。

「聖夜と呼ばれる日だ」

 クリスマス?
 ……ああ、なんて悲しい響きだろう。

 過去が、暖かなあの家で、まだ笑ってくれていた家族と、まだ笑うことのできた私が共に過ごした夜を思い出した。
 丸いショートケーキの上にはイチゴと砂糖菓子で作られたサンタクロースに木の家。
 銀の瞳を持ったスノウマンは笑っていた。笑っていた。砂糖菓子のくせに笑っていた。

 笑えない。笑えない。笑えない。

「悲しいのか?」

 悲しくはない、ただ嘆いているだけ。
 過去を懐かしんで愛でているだけ。
 それが憎いなんて思ってないわ。
 私は……誰も恨んだりしないわ。

「君にこんな運命を与えた神も恨まないのか?」

 それは本物の、悪魔の囁きかしら。
 ここで頷いてしまったら、私は天国へはいけないのでしょうね。

「いや、これはオフレコだ。生者と会話したと知れたら私が神に許されないだろう」

 ……

「どうかしたか?」

 いえ、笑いたかったの。悪魔がそんな、オフレコだなんて言葉を使うのがおかしくて。
 けれど笑い方を忘れてしまったから、何も出来なかっただけよ。

「そうか」

 ……私は恨まないわ。
 それだけが、私の最後の誇りですもの。
 いえ、言い訳なのかもしれない。

「どういう意味だ」

 愛されていないと感じてしまった私なら、愛を捨てることができる。
 愛を捨てれば……誰かへの期待を捨てれば、背中合わせにある恨みも捨てられる。
 私は捨てたの。愛を。
 ……違うわね。捨てたつもりでいることにしたの。
 だから恨まないわ。維持になってでも恨まない。

「愚かだな」

 ええ。
 執着している時点で私は捨てきれてなんかいない。
 むしろ、囚われている。
 笑いたければ笑ってみせてくれないかしら。

「いや、愚かな者を笑うことは悪魔にはできない。笑うことが許されているのは、愚かではない者達だけだ」

 自分を愚かだと嘆くの?

「ああ、愚かだからな」

 堂々巡りね。

「堂々巡りだ」



 それが私の聞いた、最後の声だった。
 何故だろう。何故私の心は満たされているのだろう。

 誰かとの繋がりなんて、もういらないと思っていたのに。
 それが楽になる方法だったのに。


 でも、やっぱり、強欲な私は……辛くても幸せになりたかったのかもしれない。

 最後に彼に聞きたかった。
 何故、私に声を掛けてくれたのだろうか。
 ただ、それだけが、私の心残りになってしまった。





「悪魔にもプレゼントが出来たのだろうか、愚かで美しかった人間よ……さらば。メリークリスマス」

last red <了>



 主よ、我をお救いください。
 私は罪を、大きな過ちを犯しました。
 私は……私はどうすれば良いのでしょうか?


 この教会へ奉仕に来てから、三度目のクリスマス。
 賛美歌が歌われ、今は町から贈られたパンとワインを配っている。

「ありがとう、シスター」
「うん、バイバイ、デビット君。メリークリスマス」
「シスタ〜、俺、ポールだよ。相変わらずだなシスターは。んじゃね〜」
「あはは、ごめんね〜」

 どうやら私はまたやらかしたらしい。

 受け取った少年はそれを大事に抱えて、家へと帰っていった。
 駄目だな、先程から小さな失敗が絶えない。

「シスターメアリ」
「はい、神父様。どうかなさいましたか?」
「いえ、顔色が優れないと思いましてな……少し奥で休まれてはどうですかな?」

 それは甘い誘惑だった。
 心は限界を超えていて、先ほどから現状を把握することが疎かになっている。
 しかし、ここで甘えてはいけない。私はもっと酷使されるべき人間なのだから。

「いいえ、神父様。私は大丈夫で――」
「いけませんよ。休むこともまた仕事だとお考えなさい。無理をしてはなりません」
「ですが――」
「シスターメアリ。貴方は主の御前で嘘をつくのですか?」

 神父はニコリと笑った。
 それはずるいです神父様……私は渋々休まされることになってしまった。


 私は懺悔室に入っていた。
 ここが一番落ち着く場所なのだ。
 どうせ休むのなら、一番落ち着ける場所とここを選ぶ自分はどうなんだろうか。
 でも、やっぱり好きな場所ってそれぞれだと思うわけで。

 ああ、狭くて薄暗くて、古い木の香りとカビの臭い。落ち着く。
 私にはきっとキノコの精霊様でも憑いているのではないだろうか。

 私は椅子に腰掛けたまま、目を瞑る。
 別に眠るつもりはないのだけれど、心と体を少しでも休ませる為に目を瞑る。
 眠気は全然無い。ほんとに無い。そりゃ特別な日だからちょっとはりきり過ぎたけれど疲れてない。
 だから、眠くない。眠くないのだ…………zzZZ




 う〜腰が痛いし首も痛い……ここ何処?……懺悔室?

「……あ、寝ちゃってたんだ!!」

 あうあうあう。どうしようどうしよう。
 腕時計を見れば、時間は深夜。とっくにみんな帰っている時間だ。
 ……え、つまり誰も探してくれなかってこと?

 うう、ヒドい。ヒドいよ皆。それでも神に仕える身なの?
 少し泣きそうになってしまった。

 その時だった。

 ミシッ、と床が鳴った。

「ヒィッ!! ダ、ダ、ダ誰かいるんですか!?」

 悲鳴のように私は叫んだ。
 で、で、出来れば返事はいらないなぁ。

「あ、すいません。驚かせちゃいましたか?」
「キャーーーーーーーーーーー!!」

 今度は確実に悲鳴を上げた。
 姿はないのに声だけ聞こえればそれは驚くに決まっているじゃありませんか。

「落ち着いて、私は怪しい人間じゃありませんから。ね?」
「えっ? ……あ」

 で、私は気付いた。
 姿が見えないのもそのはずで、その人は私の反対側。
 つまり懺悔室の訪問者がいるべき場所にいて、私が聞く側の部屋にいるからだ。
 二つの場所を繋ぐのは、壁に空けられた小さな穴だけ。姿を確認するのならそこから覗く以外はない。

「あの、ここに座らせてもらっていいですか」
「あ、はいはい。どうぞどうぞ」

 とは言ってみたものの、もう懺悔を聞く時間ではない。
 飛び込みでやって来た人がいたら、上で休んでいるはずの神父様がお相手をするはずなのだけれど、神父様はいない。
 この人は勝手に入って来たのだろうか。

「シスターはここで何をしていたんですか?」
「へ? あ、えと。ちょっと休憩しようかなって思って来たんですけど。寝ちゃってたみたいです」
「あはは、クリスマスにもなるとやっぱり大変なんですね」
「アハハハハ……うぅ、恥ずかしい。シスター失格です」

 深夜の懺悔室で笑い声がこだました。

「それよりも、何か懺悔がお有りなのですか?」

 私はあまり感情を込めず、できるだけ淡々と問い掛ける。
 懺悔を聞く時はできるだけ、自分を捨てて聞き、主の導きをお教えするのが正しい。

「いえ、僕は特にありません」
「はへ? えと……なら、何用で?」
「ん〜、今日はですね。貴方の懺悔を聞こうと思って来ました」

 私の……懺悔?

「……」
「やっぱり、ダメですか?」
「何故、そんなことに興味をお持ちになられたのですか?」
「いえ、今日。あ、日付的には昨日ですね。貴方を見ていたんですよ。それで……見えてしまったんです」
「……」
「貴方は何かを悔いている。そしてそれを溜め込んでいる。そんな風に見えてしまったんですよ」

 うう、頑張ってるつもりなんだけれど、わかってしまうものなのでしょうか。

「それにいつも他人の懺悔を聞いていてばかりで大変じゃないですか。だから今日は聞いてみようかと」

 この人はおもしろ半分でこんなことをやっているのだろうか。
 だとしたら、それはこの懺悔室でいくつもの罪を告白し、罪を受けとめた人達にとって、とても失礼なことだ。
 私は意図せず、声を低くして言った。

「それは……普段、人の弱みを聞いているのだから、たまには……弱みを見せろということですか」
「いえ、違います。それは誤解です!! ただ。心につっかえている物があるのなら、それを取り除くお手伝いができたらって思っただけなんです。信じてください」
「……『信じて』。ですか」

 日に何度も聞く言葉のはずで、いつもは引っ掛かりもしない言葉なのに。
 何故か、グサリと私の心に刺さった。

 弱音が、込み上げてしまう。
 心がその一撃で弱くなってしまって、抱えていた荷物に押しつぶされそうになってしまう。

「今日のことは誰にも言いません。墓場まで持っていきますから。聞かせてくださいませんか?」

 私は……その言葉で押しつぶされてしまった。

 ああ、だったなら……言ってしまおうかな。
 私の。罪を。

 このことは神父様にも言っていない。
 知っているのは偉大なる主と、私と、あの人だけ。

 私は、私は。

「私は、ですね」
「はい」

 私は拳を強く握り締めて、その言葉を紡いだ。

「人を、殺しちゃったんですよ」


 私は生まれながらのお嬢様でした。
 一代で大きな会社を作り上げた父と、そんな父に心酔した母の元で育ちました。

 食事に困ることなんてなくて、服は最新のファッションを取り入れたものばかり。
 大きな屋敷には従者がたくさんいて、私はそんな家に生まれ、

 そんな家です。財を成す為に必死の父が作り上げた家です。
 私は娘で、父には愛されていました。当然母にも愛されていました。
 けれど、それは娘であると同時に……商品として愛されていました。

 私には生まれながら許婚がいました。俗に言う政略結婚というものです。
 何も知らずに、何も見つけなければそのことに疑問を覚えることも、嫌悪感を抱くことなく生きていけたでしょう。
 けれど、私には無理でした。


 あれは三年前のこと。私はとある男性に恋をしました。
 その方は普通の人でした。それが間違いでした。

 ありがちな悲恋憚。
 古来より劇作家が作り上げた恋物語とそれほど変わりません。
 身分が違い、決められた相手がいて、どうしようもなくて。
 その結末が幸せなものではないと、わかっていても止められませんでした。

 私は彼と恋人になりました。
 初めてのデートは白詰草が敷き詰められたような、小高い丘でした。
 日が沈む中、口付けを交わした時のあの温もりは……今もはっきりと思い出せます。

 彼は優しかった。そして、その心は眩しいほどに輝いていてとても魅力的でした。
 どこまでも、どこまでも好きになってしまえる。
 私にとってその人は、私にとって過言ではありませんでした。

 そんな中、私はある噂を聞きました。
 彼は……私自身を愛しているのではなく、親の財産が目的なのだと。
 そんなものただの噂と、聞き捨てればよかったのに。
 本当に愛しているのなら、疑うことすら間違いだったのに。

 私がそんな噂に惑わされている間に、急遽、私の結婚式の日取りが決められてしまいました。
 私は……私はどうすべきなのか迷いました。そして、決断しました。

 私は彼に尋ねました。
 貴方が求めるものは、私なのか、私の親の財産なのか。
 辛かった。彼の悲しげな瞳が辛かった。
 それでも、彼は精一杯に優しく微笑み私を抱きしめ、耳元で囁きました。

『次の満月の夜、君を愛していることを証明しよう。僕を……信じて』と。

 その日は……私の結婚式の日でした。


 結婚式当日、私は彼を待ちました。
 精一杯、式を遅らせて。見たこともない夫となる人間に迷惑を掛けました。
 今、思えばそれはとても些細な迷惑でしたが。

 いつまで待っても彼は来ませんでした。
 私は裏切られました。けれど、そのことを認めることができませんでした。
 彼は来ないんじゃない、ただ時間切れが早かっただけなんだと。

 どうすれば、どうすれば制限時間が延びるのだろうか。
 あと数時間? それで来なかったら?
 あと数日? それで来なかったら?
 あと数年? それで来なかったら?

 もう、ずっと待てるようにすればいいじゃない。


 だから、だから私は。
 その許婚を……殺しました。

「……これで、全部です」
「……今でも、その彼のことは?」
「さぁ、どうでしょうね。若気の至りだって割り切ってるつもりなんですけど」
「そうですか……フフフ。アハッハッハッハ」

 壁越しの男は急に笑い始める。
 一瞬、混乱したけれど……すぐに心に火がついた。

「何を、笑うって言うんですか!!」


「君は死んだと思っているのがおかしくねぇ」


「えっ? ……あなた、まさか!?」
 
 私は身を引く、ガタンと椅子がこける音が響いた。

「まさか、結婚式で花嫁に……ふとん針で刺されるとは思わなかったよ。ふとん針で、しかもお尻に刺されてもさすがに人間はよっぽどのことが無い限り普通、死なないと思うんだ。うん」

 彼は何処か呆れた調子で言う。

「え……ふとん針? え、でも爺が『あれは毒針ですから、むやみに触らぬように』って!!」
「毒針て……それは……君に危険な物を触らせたくなかったんじゃないかなぁ……さすが、箱入り娘だね」

 あうあうあう。

「気づくかと思ったんだけどさ。君がどうしたのか聞いた後に、『今夜、君を見かけた』って言ってしまってヤバいと思ったのに全然気付かないよね」

 あうあうあう。

「まぁ、私が誰かはわかってもらえたかい?」
「は、はい……でも……あの、いったい何が目的なんですか?」
「あはは、だから言ったじゃない心につっかえている物があるのなら、それを取り除くお手伝いがしたいってね」
「は、はぁ」
「ところで、その彼の事、気にならない?」
「キニナラナイデス」
「思いっきり気になってるね。あはは」

 今だ私は混乱中。

「その男はね……ほんと、バカな男だよ。人として最低な男だ」
「むっ!! 悪く言わないでください!!」


「そいつはね、身分を偽っていたんだ。本当は成金の家のお坊ちゃんなのに、そう思われるのが嫌だから」


「へ……じゃぁ……やっぱり……」
「んで、そいつはそうやって嘘をつくのが楽しくなって、そのまま普通の振りして、何処かのお嬢様と恋に落ちたわけだ」

 あの人は……本当に私のことを……

「フフフ、アハハ――もう、わかったよね?」
「はい!! やっぱり彼は私の事を愛してくれていたんですね!! 私、幸せです!!」
「ちょっ!! マテ」
「わざわざその事を私に伝える為にこんな所まで……本当にありがとうございます。そして、あの今更ですが……刺しちゃってごめんなさい」
「えと……いや、うん。まぁまどろっこしいやり方でサプライズを演出してミスするのが僕だけどさ……」
「はい?」

 薄い木の壁の向こうから、”げんなり”というおかしな擬音が聞こえた。

「あ、じゃぁこれででどうだろう……クローバー畑でのファーストキス、前歯が当たって痛かったよね」
「!!!!!!」

 私の鼓動が一段、大きく高鳴った。

「よし、これで――」
「ど、ど、ど、何処から見てたんですか!! 覗き見ですか!! 変態さんですか!!」
「これでも気付かないのか君は……orz」
「はへ?」

 ああ、なんでだろう。彼じゃないのに、まるで彼と話をしているような気がする。
 おかしな感じ。懐かしくて、愛しくて。

「あ、あの……まだ、許婚の契約は残ってるでしょうか」
「契約なんかいらないから、別に構わないんだけどね……だが断る!!」
「あ、そ、そうでよねぇアハハ…あははは……うぅ」
「頼むから、僕が誰なのか気付けよ。このアンポンタン娘がぁ!!!!」

 ドキン

「…………アゼル?」
「ごめん、何処がキーポイントでわかってくれたのか僕には理解できない。そして僕が何で君を躍起になって追い続けたのかわからなくなってきた」
「アゼル、嘘……本当に……」
「また一人の世界に入ってるよ、この女!! てか、回想シーンでの僕はあきらかに僕じゃない!! あんなセリフ言った覚えがない」
「アゼルーー!!」
「ああ、頭痛くなってきた」

 主よ、貴方は私に最高のクリスマスプレゼントを与えてくださいました。
 私は主の元より離れますが、この感謝の気持ちは忘れません。

 ああ、主よ。ありがとうございます。ありがとうございます!!

「アゼルーーー!!」
「いや、だから叫ばないで。回り込んで来てくれないかな? 顔見て納得してもらわないと、今一つ心配だ」

 この愛を世界へ届けたいほど、大きく膨らんでいくのがわかる。
 ありがとう、ありがとう。こんな素敵な聖夜をありがとう!! メリークリスマス!!
a confession? <了>



 今年もこの日がやってきた。
 聖夜と呼ばれる、一年で三度目の雪が降った日。

 その日に決まって彼は現れるんだ。


 カランコロンという小さな鐘の音。
 私がレジを任された雑貨屋、その扉に掛かった鐘が揺れて鳴ったのだ。

「いらっしゃいませ……あ、どうも」
「……」

 無愛想な客人。見ただけで魔術的な偽装が施されているローブともマントともつかないものを羽織っている。
 私は彼と会うのは七度目になる……にも関わらず。

「相変わらずお若いですねぇ〜」
「……どうも」

 彼と初めて会ったのは七年前の聖夜、私が十歳の時だった。
 その時から……彼の姿は何一つ変わってはいない。全く老いることもなく、体格が変わることもない。
 あの時も同じ服、同じ顔でこの店にやって来ていた。
 ま、その頃の私はまだ客だったけれど。

「若さの秘訣ってあるんですか?」
「……聞きたいか? その歳で」
「ふっふっふ〜、それは手前も女子の端くれ。若さを保つ手段があるのなら知っておいて損はないっしょ?」
「……おかしな娘だ」
「良く言われるぜぃ!! って失礼な客だなコノヤロー」

 おかしな感じだ。知り合いでも無いのに妙に慣れ慣れしく接したくなる。
 これは……アレだ。街中で有名人を見つけた時に声を掛けたくなるのと同じことだな。きっと。

 そう、彼はこの町では結構な有名人なのだ。
 年に一度、東の山から這い出してくる雪男。それ故にそのあだ名はスノウマンと呼ばれている。
 ま、有名人っていうより、妖怪や怪人の類なんだけれど。

「ねぇねぇ〜、教えてよぉ。若さってなんだ!! ふりむかないことか!!」
「……オマエには魔術の才はあるか?」
「うんにゃ、全くねぇッス」
「なら無理だ。諦めろ。」
「え、何々? もしかして、大釜で煮込んだトカゲの尻尾やらコウモリの羽やらをペースト状にして塗ってたりするのかにゃ?」
「……童話に出てくる魔女でもそんな奇天烈な事はしないと思うが……時代が変わったか?」
「いいや、なんとなくインスピレィショォンヌにほだされて口走ったまでよ!! ふはは参ったか!!」
「……一人でも姦しいな」

 ふむ、やっぱり美貌を保つには魔術が必須か。
 そうだよねぇ、この眼鏡だって魔術が使えればいらなくなるもんなぁ。
 眼鏡を取ったら美少女なのになぁ。はぁ……天は荷物を与えるのか。

「ん? お客さんや」
「……」
「おーい、変人スノウマン」
「……いやな呼び名だな。なんだ」
「なんか、今日はいっぱい買おうとするんだなぁと思ってね。いっつも新聞とか古雑誌とかじゃん?」
「遠出をすることにしたんだ」
「ふ〜ん、そうなんだぁ……って、おい!! ここから出て行っちゃうのかよ!!」
「……何故、不服そうな顔をする」
「だってぇ言うなら我が町の……名物じゃん?」
「名……物」
「それにぃ、それにぃ私の中ではぁ、ちゃぁんとお話してみたい人類ナンバー1だもん。もん。キャピキャピ」
「……」
「アレ? 男ってこういう女に弱いって書いてあったんだけどなぁ。違ったかぁ」
「……」
「ちなみに、『サルでもできる!! 男を落とす108手』っていう魅力あふれるトンデモ本なり」
「サルに落とされるのか……近頃の男は」
「いやぁ変人っぽい人にならイケるかと思ったけどダメだネ」

 うわぁ、あからさまに嫌な顔してやがるぜ。たっのしぃ〜。

「ま、出て行っちゃうのなら仕方ないけどね。でも、私にとっては長年の付き合いだと思ってるのさ。なんにもわからず終いで、目の前からさようなり〜じゃ、なんか勿体無いっていうか、悲しいっていうかさ。あ、もちろん自分勝手だってわかってるんだよ?」
「……ふむ」
「ああ、この止められない好奇心は何? もしかして恋? あるいは変? そしてこのままハートブレイク? 去り行くアナタはハートブレイカー!!」
「……」
「ん? 呆れていると思いきや、これまた小難しい顔をしておりますな?」

 男は品定めしていた目を、私へと向けた。
 切れ長の鋭い目だけれど、何処か翳っているような曇っているような。
 そのおかげでか、あんまり怖くない。

「……良いだろう」
「へ? 何が?」
「聞きたいことがあれば聞かせてやろう」
「エ!! マジで? 出島? 鎖国解禁?」
「何処の世界の話をしているんだオマエは……」
「ならなら、やっぱり若さを保つ秘訣を!!」

 本当はいろんな事を聞いてみたいとも思うのだけれど、思いつかなかった。
 知りたいことが漠然としていてどう聞いたらいいのかわからないんだろう。
 というより、まさか答えてくれることになるなんて思ってもいなかったから、ちょっと驚いてるだけかもね。

「……核心を突くのか」
「え、核心なんスか!?」
「……私が年をとっていないように見えるのは……あの山で一年、眠っているからだ」
「寝過ぎると頭痛くならね? 逆に疲れね?……あ、ごめんそんな目で見ないで、あまりにも突拍子もないことだったから、茶化したくなったの。ええぃ許せ!!」

 いかん、ついつい口が出てしまう。これでは前に進まないではない。
 気長に聞こう、気長に。
 
「……あの山には地下深くに、鍾乳洞がある。その最奥には、原始の時代より溶けぬままありつづける天然の氷室が存在している。私はそこで一年、己を冷凍し眠っている。その際には無論、解凍、再起、修復の術を事前に用意を行う必要がある。そして、問題なのはその術だ。術事態は単純なものだがそれを無意識かで維持し、適切な時間に作動させるだけの技術と魔力が必要なのだ。私の場合その限度が一年だ。この身を魔道に捧げた私であってもな。まぁ素人が行なえば二度と目覚める事無く眠り続けることになるだろう。だが、それはそれで、若さを保つとも言えるだろうな。死ぬことになれば歳をとることはないのだからな。似たような手段として反魂の術というものがある。これは私の行う物より更に難度が高く、この術を扱えるだけの技量を持つ魔術師はこの世界に数人だけだろう。だがこの術の特性として――」
「悪かった。私が悪うございました。無理して聞こうとしたのが気に障ったのなら素直に言えばいいじゃんかー!! 泣いてねぇよ!!」

 あれ? ミスタースノウマンが困り顔だ。
 まるで、予想外の反応を見たかのように。

「すまない……魔術のことになると止まらなくなる」
「嫌がらせじゃなかったんだ。なるほど、まぁ何年も人と会話してないっぽいもんねぇ。喋りたくなる気持ちはよくわかる。気にすんな!!」
「……まぁつまりそういうことだ」
「なるほどね、冬眠してたら若さを保てるってことだ。通りで熊やらリスのお爺さんお婆さんを見かけないわけだ」
「それは見分けられないだけなのでは……」

 なるほどなるほど、この人物は根っからの魔術好きの引き篭もり男性だという烙印が私の中で下された。
 でも、一つ疑問が。

「これの何処が革新なのさ? あ、その理由も聞いてほしいからそんなこと言ったのかてめぇよぅ」
「……会計を頼む」
「あ、ごめん、冗談。プリティな娘っ子はその理由が聞きたいなぁ〜テヘヘ」
「……」
「しかめっ面すんなよ。聞かせて聞かせて、どうせ今生の別れかも知れないんだからさ」

 そう、これは本当にお別れかもしれない。
 なんとなく、この男は二度とこの町には戻ってこない気がする。
 魔術系の才能はないけれど、私の直感はかなり自信があるんだ。

「……その氷室には、俺以外にも一人眠っている。いや、眠っていたんだ」

 男は細い目を更に細めて、虚空を見る。

「そいつは俺のライバルであり、旧友であり、敵だった……絶対に決着をつけなければならない相手なんだ」
「お、熱いバトルの匂いがプンプンしてるね」
「奴は、俺の前から去る時にある手紙を残して去っていったんだ」

『かくれんぼをしようか。
 もし、君がボクを見つけることができたなら、
 その時、決着を付けよう。

 制限時間は十年後の聖夜。

 ボクは世界の何処かで眠っているよ。
 がんばって見つけてごらん。 それまでさようなら。』

「俺は世界中を探し回った。山の頂から地の底まで……そして、見つけたのはそれから三年後だった」
「へぇ……あ、じゃぁ今日がその日じゃないッスか?」
「ああ……そうなんだ。そのはずなんだが……目覚めた時にはもぬけの空だった」
「うわぁ。まさか大事な時に寝坊しちゃったの?」
「いや、違う。そうではないよ。奴が眠っていたはずの場所を調べてみたら、仕掛けがわかった。奴は反魂の術を使っていたんだ」
「ま〜た、なんか専門用語が。素人にわかりやすく言え」
「……反魂の術。魂を外界から肉体に戻す術だ。奴は多分……俺が来ていたことを魂を外に出すことで知り、そしてギリギリまで引き付けて逃げたんだ」
「あ〜つまり、幽体離脱して眠っている間の状況を知った、ということかな?」
「そういうことだ……そして私は、これからまたアイツを探さなければならない」

 ああ、それでか。
 彼がいろいろ買って行こうとしているのは。

「なるほどね、了解。なら、ん〜選別だ。その商品全部持ってっちまえ」
「ん? そういうわけには……」
「い〜の。御代は私が立て替えておく。ほら、早く行った行った!! 一秒でも早く追いかけた方が、少しでも確立が上がるっしょ? ね?」
「…………」
「もう面倒臭いな!! ええい早く出て行け!! でないと叫ぶよ?」
「どのように?」
「前半小声、後半大声で『荷物を置かされる』ってねぇ。ウッヒッヒッヒ」
「…………わかった。ありがたくその御厚意を頂いていく」
「ああ、そうしなせぇ」
「では……さらば……あと、ありがとう」

 男は籠ごと荷物を手にして、出ていってしまった。
 ふぅ。これで彼と二度と会うことはないのだろう。

 これでよかったんだ。
 行くべき場所があるのなら、その背中を全力で蹴ってやるのが私の憧れる女のあり方だ。

 な〜んとなく、わかった。
 彼が私に話を聞かせてくれた訳が。
 きっと、彼はそのライバルさんが好きだったんだろう。
 そして、その人は味気ない言葉だけを残して去っていってしまった。
 それを彼は悲しく感じたから、私にはちゃんと、求めるものを与えてくれたのだろう。

 ウッフッフ〜……にしても、そのライバルってどんな殿方なのだろう。
 一人称ボクだろう、あの人は私だけど、途中俺だからなぁ。
 頑張って体裁を整えてるって感じ、アレはやっぱ受けかなぁ……

「なぁに、ニヤけてんの?」
「あ、店長。アレ? 今日は休みじゃありませんでしたっけ?」

 店の奥から顔を出したのは、長い黒髪を耳にかきあげる仕草が色っぽいと評判の店長である。

「ボクはそんなこと言ってないよ」
「え? だって、聖夜はいつも休みじゃないですか。彼氏とラブラブるんじゃないんですかコノヤロー」
「上司に向かってコノヤローとかいっちゃメーだ」

 …………ん、直感がざわめいた。
 ふと、思い出す。この店が出来たのは何時からだっただろうか。
 確か、十年や九年ぐらい前だったと思う。

「あ〜店長」
「ん? なんだい?」
「店長って、魂とか見えますか?」
「ああ、今日みたいな日は見えるね。魔術が使える代償にへんなもの見えて大変だよ」
「…………」
「それがどうかしたかい?」
「……ストーカーに付きまとわれた経験とかありませんか?」
「嫌だねぇ。もう何年かかってでも引き剥がしたいよねぇ」
「アハハハ」
「あははは」

 きっと、氷室の中で眠っていた彼のライバルは……そのライバルの魂だったんじゃないだろうか。

『あはははははは』

 店の中、乾いた笑いが響くのであった。
 ああ、スノウマンは溶けて無くなるまでさ迷うのだろうなぁ……合唱。

 そして、彼の新しい人生を祈って、メリークリスマス。
snowman under the san <了>



「ねぇ、今暇かな? ねぇねぇ、お茶しようZE?」
「……私は誰?」

 それが……きっと、物語の冒頭にサングラスを掛けた某モリタ氏が登場するような、奇妙な物語に片足を突っ込んだ瞬間なのだと思う。


 それは12月24日の昼の事であった。

「オサムち〜ん、じゃんけんしようぜ〜」
「え、ああ。何の?」
「ジャーンケーン、死ねぇえ!!」
「え? 何? ……あ、負けた」
「最近の流行じゃ〜んしらね〜の? ま、それはさておき、ガンバレ」
「だから何が?」
「罰ゲーム。ジャンケンで負けた方がナンパを決行して、明るいクリスマスを過ごすという画期的な罰ゲームだよもん」
「男が気持ちワルい語尾を付けるな」
「そんなわけで頑張れオサムチ〜ン」
「……普通、罰ゲームって普通周りが楽しんでナンボじゃないのか?」
「フフフ、僕達はいつでも君を見守っているよ……」
「……デバガメ?」

 そして、現在に至る。
 その間に俺に対して数多くの肉体改造(主にファッション面)が施されたがあまり面白くないのでカットしておく。

 結局の所、僕は実験台にされたらしいのだ。
 女性に興味を持たれない仲間の中で一番マシ(ありがたいことにそう評価してもらえたらしい)ということで、外見を社会的に求められている格好にしたところでどれほどのモテ力を得られるのかという、臨床実験の実験台だ。
 ちなみに、先ほどのジャンケンは勝ったとしても『ジャンケンで負けた方』が『ジャンケンで勝った方』という言葉に置換されるだけに過ぎない。
 何はともあれこれは決定事項だったわけだ。酷い連中だ。

 まぁ、美容院代と服代を何割か負担してもらえたから得といえば得なんだけれど……何か間違っている気がする。
 そこまでして異性と共に過ごすことになんの意味があるのだろうか。
 俺はあんまり他人というものに興味を持てないのだろうか、それはそれで悲しい人間のような気がするけれど、それが本音なんだ。

 家族とゆっくり過ごすクリスマスが好きだ。
 スーパーのお惣菜コーナーで買ったのだろうあまりおいしくないローストチキンが、いつもの食卓に違和感を持ちながら鎮座する。
 それぞれ好みが違うから、それぞれ別のケーキを一個ずつ分けて、少し高級の紅茶を飲みながらクリスマス特番を見る。
 ああ、それでいいや。それ以上の幸福が、他人と過ごせるわけがない。

 それなのに……


 日が沈み始めた午後五時。俺は駅前に突如出現したクリスマスツリーを少し離れて見ていた。
 周りには野暮ったい格好をした友人が三人、マジマジとツリーを眺めていた。
 それはまるで獲物を狙う鷹……いや、それは鷹に失礼だな。地面にこぼれていたパン屑を眺める鳩だろうか。
 それほどに、明らかに挙動不審だった。

「オサム〜、あの娘(こ)どうよ?」

 一人が指差した。
 その先には。見た目同い年ぐらいの女の子。
 けれどどこかぼんやりとした、大人しそうな子だった。

「でもさ、考えてもみろよ。こんな所に来る人なんて皆誰かと待ち合わせしてるんじゃないか?」
「アホう!! それは違う。いいか、こんな人通りの多い所でわざわざ待ち合わせをする意味が何処にある?」
「目立つ場所だし……」
「いや、無い!! 目立つ場所にいるということは見つけて欲しいんだよ、自分を誘ってくれる男を!!」

 それは男の妄言ではござらんか?

「きっとそうだ、そうに違いない!! 俺はそう信じている!! 俺は……この本を信じる!!」

 そいつが内ポケットから取り出したのは、なんかの雑誌の付録だったのだろう。
 ペラッペラの小冊子、表紙には妙に肌の黒い男がサムズアップしながら女の子と肩を組んだ写真がプリントされ、その周りをハートマークが舞っていた。
 ……恋愛ハゥトゥ本。胡散臭いことこの上ない。

「オサム、ここで行動しなければ君の青春ライフは晴れやかな日の光の下で輝くことなく、ジメジメした暗がりで腐るだけになってしまうのだぞ? それでいいのか!?」
「腐るのも楽しいかもしれないぞ」
「いいや、そんなことはない。そんなことはないぞ。人生は輝かしくあるべきだ。そうあるべきなのだーー!!」

 拳を握り掲げ上げて彼は声を上げた。うん、男の俺から見てもキモい。
 俺は大きく溜息をついた。
 結局、一回でも動かないとこのゲームは終わらないんだ。
 逃げ出せば、こいつらにいろいろ言われて無駄に疲れることになるのだろう。

 考え方を変えよう。
 これは……まぁ新種の友達作りだ。何も知らない、考え方も全く違うであろう人間を知る切欠なんだ。
 こんな人生経験も有りだろ、と言い聞かせよう。

「ハァ……わかったよ。じゃぁ、あの子で頑張ってみる」
「おお、皆の者!! オサム殿の初陣じゃぁ!!」
『ウォォオオ』
「やかましい!! 白い目で見られるからやめれ!!」

 俺は覚悟を決めて歩き出した。
 初めの言葉をどうかけようか? …………わからん、なるようになれ!!

「ねぇ、今暇かな? ねぇねぇ、お茶しようZE?」

 話し掛けた所で、彼女は無反応……かと思いきや、口元が僅かに動いて小さく音を出した。

「……私は誰?」

 ん? んんんん?
 これは新手の断り方なのだろうか?

「ココは……何処?」

 首を傾げて、彼女はこちらを向いた。
 不安で怯えて泣きそうになって……などいない。
 ただ不思議なことを見つけた子供のような、純粋に疑問符だけを浮かべている。

 ああ、この女の子はマジだ。

「えと……」

 ヤバイ、完全にイレギュラーだ。
 さっさと断れて即終了、カラオケにでも出向いてお茶を濁せばいいや、と計画していたのだけれど……

 俺は辺りを見回した。
 何処かにカメラは仕掛けられていないのだろうか?
 いや、そんな簡単に見つかるような場所から録ってなどいないだろうけれど。
 ついでに我が友人達の方へと目をやれば、案の定、物陰に隠れてこっちを見てすらいねぇ。
 そうだ、そんな奴等だった。

「あの、大丈夫か? 何処か痛い所はないか?」
「……アナタ誰?」
「俺は……」

 一瞬、「個人情報保護法」なんて言葉が過ったが……

「西谷オサム。えと、君と会うのは初めてだよ」

 生憎、記憶喪失の人間と会話したことないので、これが正しい反応なのか躊躇う。
 他の人にはどんな意味に聞こえたのだろうか……電波だろうな。

「ニシタニオサム……タニオサム?」
「西は大切だぞ、西が無ければ太陽が沈めなくなっちまう。って違う。ニシタニ オサム」
「ニシタニ オサム。オサム?」
「そうオサムだ」
「オサムちゃん?」
「そんなハイテンション芸人でありながら、刑事の演技もできる高キャパティシィの人間じゃないから」
「……オサム」
「ああ、オサムだ、って出会ったその場で下の名前で呼ばれるのはおかしな感覚がする」

 とりあえず、どうするべきか。
 ……ま、あれしかないわな。

「ちょっとついて来てくれるか?」




 で、辿り着いたのは……交番。
 こういうことは公僕の皆さんにどうにかしてもらうのが正しい。

 彼女の記憶が戻るまで、一緒にいて、そして愛を育みハッピーエンドなんてフィクションだ。
 彼女に捜索願いでも出ていたら、俺は誘拐犯。
 そうじゃなくたって、誰かを助けるのは……とても大変なことなんだ。

 それは小学校時代に、羽の折れた小鳥を助けきれなかったことで学んだ。
 親に見つかると捨てられてしまうかもしれないと、怖くなって言えなくてただ一人、助けようとした。
 子供だから、金なんてなくて、動物病院に連れて行く事もできず。
 ただ出鱈目に包帯を巻いて、ただ食事を与えることしかできない治療。

 小鳥一匹助けられない俺には、女の子一人助けられるわけがない。

 だったら、助けられる人に預けることが、僕の精一杯の彼女への助けだ。

「すいませ〜ん」

 僕は交番の扉を開いた。





「で、預けて帰ってきたわけか」
「他に何か方法があったってのか?」

 友人Aはただ閉口させるだけだった。
 よかった、コイツはまだ現実と空想の違いがわかっているらしい。

「あ〜あ、なんか……嫌なクリスマスだな」
「……まったくだな」

 ああ、こんな気分では楽しめない。
 自分の無力を目の前に突きつけられただけの罰ゲーム。

 それが俺なんだと、認めさせらるだけの一日。


「なぁ」
「なんだ?」
「今度、もしも次に記憶喪失の女の子と会ったらさ、頑張ってみないか?」
「……」

 訂正、やっぱりこいつは何もわかっちゃいない。

「あのな――」
「でもさ、やっぱロマンスとかドラマチックとか憧れるじゃん?」
「そんなものは物語の中だけで十分だ」
「……いや、ホントの事を言うとさ。クサいけど、カッコ良くなりたいんだよ」
「だったらオシャレでもなんでもすればいいじゃねぇか」
「いやいや、そういうカッコ良さじゃなくてさ。なんていうのかな……人生で一度くらいは主役になりたいっていうか、さ」

 主役? それぞれの人生で、その主役はその人生を過ごす人じゃないか。

「きっと一度主役になれたらさ。もうテンプレートみたいな人生を過ごすことになったって、いっそ死んだってかまわなくなれると思うんだ」
「何、馬鹿なこと言ってるんだよ……」
「ああ、馬鹿なことだよな。そんなチャンスも無いのに夢見てらぁ」
「力も無いだろ?」
「無いかもしれないけど、でも人間死ぬ気になれば、大抵のことはできるだろ。偉大なる安西先生も言ってる。あきらめたら試合終了ですよ」
「そんな当たり前のように、マンガのキャラを持ってくるな」
「それにホレ、主役になったら主役指数が跳ね上がるからなんとかなるって」
「ハハッ。なんだよ、そのパラメータ」
「カッコ悪くても女の子にモテモテになったり、乱射された銃弾は当たらないとか。そういう数値さ」

 何故だろう、何故僕は後悔しているんだろう。
 彼女を交番に送り届けた。それが正しいことだってわかってるのに。
 そう、それがベターな選択なんだ。

 正しい。正しい。けれど、それは……ベストではない。

 畜生、また嫌な気分になってきた。

「なんか気分が乗らない、先に抜けさせてもらうわ」
「ああ、了解。今日はオモチャにしてゴメンな」
「いや、後味悪いけど。それなりに楽しかったから別にいいや」
「ハッハッハ。OK。それじゃまたな!! あとメリークリスマス」
「ああ。メリークリスマス」

 帰り道。俺は馬鹿な妄想に浸っていた。
 もしもあの時、あの子を助けることを選択した物語。
 彼女の持ち物から手掛かりを得て、いろいろ探し回るんだ。
 けれど、どれも決定的な解決にはならなくて。
 自分の記憶が無いことに不安を覚える彼女に甘えられたり。
 そして、恋に落ちたり。

 ……ホント、男ってバカだ。
 俺は一人笑う。自嘲とあまりの下らなさを込めて。

 でも……それが眩しいと感じた。
 手を伸ばしたい。ミスって傷つけて、傷ついても……手を伸ばしてみたい明るい話<フィクション>だと。


「ただいま」

 家への扉を開ける。
 玄関にはクリスマスツリーが巻きつけられた電飾を輝かせて自分をアピールしていた。

「おかえり……オサムにお客様……よ?」
「何故に疑問系」
「いいから、早く上がりなさい」
「あ、ああ」

 俺は手早く靴を脱ぎ捨て、リビングへと向かった。
 そして俺は……困った。

「ん〜、あなたの名前は?」
「ニシタニオサム」
「くぅ〜かわいいわねぇ。ホントにオサムだったらいいのになぁ」

 本人を目の前にそんなセリフを吐ける我が姉は置いておいて。
 ……女の子がいた。先ほど、確かに交番に送り届けた女の子だ。
 彼女は壊れたテープレコーダーのように俺の名を騙る。


「警察が連れて来てくれたんだけどね……名前がニシタニオサムだからアンタだと思ったんだど。それが違ったのよねぇ」

 ああ、母が何か言っているが聞こえない。 

「あ、本物のお帰りだ」

 姉がニヤつきながら何かを言ったが気にしない。

「オサム。オサムちゃん?」
「いやいや、だから違うから……プッ」

 駄目だ、堪えきれない。
 僕は笑った、それはもう涙が出るほどに。
 何がおかしかったのかと聞かれれば、頭と答えるだろう。

 俺は……主役になれるのだろうか? やっちまっていいんだろうか?
 不安はあるけれど……迷うことは面倒なのでやめた。

 俺は、いつだって助けたいんだ。
 鳥でも人でも、なんだっていいから。

 一回の挫折でひん曲がった正義感を、今一度正常に伸ばしてしまっても良いんだろうか?
 俺は、いつだって……本当は……クサくてカッコイイ、ヒーローに憧れていたんだ。


「いいさ。俺は君の記憶が戻るまで頑張ることにしよう」
「オサムちゃん」
「……ああ、もう好きに呼んでくれチクショー」


 クリスマス。俺へのプレゼントはヒーローになる為のチャンス。
 またミスっちまうかもしれないけれど……その時はその時に後悔すんべ。

 どうなることかわからない日々に期待と焦燥を覚えるけれど、とりあえず今宵は……メリークリスマス。

her name is formerly hero <了>



特に何かに挟まれているわけじゃない。単純に垂直落下すればごみだめに辿りつけるさ。
ただ斜線の傷を刻んで別の階層へと下る必要があるがね。
聖夜の後の疲れ果てたバカの戯言でも聞いてみるかね?

 俺の、長い、一日はついに終わったの……か? ……いやまだだ!!

 
 
蜘蛛の糸
手を伸ばしてはならない代物の一種。罠。